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思ったことを歌にしたり、書きとめたり、しています。

「切磋琢磨」という営為

「切磋琢磨」という言葉がある。現代では「お互いに磨き合う」といった意味で用いられるが、原義は異なるようだ。唐突だが、それは「彫刻」と似ている、かもしれない。

この鑿のひと振りが、自分自身に対してどういう痕跡をもたらすのか、慎みながらも一方では大胆に、自らをあるべき自分たらしめてゆく、そうした営為のことであろう。

もとより意図した通りの結果が得られるとは限らない。否、期待はずれの結果ばかりかもしれない。しかしそこは「たらずといえども遠からず」と、思い切るしかなかろう。おおよその像が見えてきたならば、あとは磨きあげるばかりである。

人生とはままならぬようでいて、どのような人生を生きるかは、結局のところ自分次第だ。不満足な環境のなかで、自らを詐りながら生きてゆくなら、その人の人生はそういうものになってしまう。反対に、その不満足を自覚して、それを変えてゆこうとするなら、その人は失敗を繰り返しながらも、なにがしかの収穫をえることだろう。

心の持ち方次第で、人生とはいかようにも変わってくる。そこまで思い切れば、どれほど愉快なことだろうか。

うちみがく心のままに生きてみむ わがゆく末は明日にあずけて


 なお語義・語源について言及すべきかとも思ったが、すでにいろんな解説がネット上にあるので割愛した。